たいじゅの畑食農研究室です。
食品衛生学の基礎知識第二弾は「油脂の変敗」を取り上げてみたいと思います(前回の食品衛生学の基礎知識は「細菌の増殖条件」でした。)
砂糖漬、塩漬け、酢漬けは食中毒や味の変化が少なそうですぐ作りたくなるんですが、油ってどうすればいいのか分からずに手をつけられないですよね。
長期保存のできる食品というイメージですが、いかがでしょうか。
家庭菜園で菜種や胡麻を作って油を採ってみたいなと思う方、旬のジューシーな野菜を油漬けに加工して売りたいなという方のために、今回は「油脂の変敗」について取り上げてみたいと思います。
そもそも油脂って長持ちするもの?
家庭の油のイメージは、基本長持ちする、ですよね。
間違いではありません。代表的なサラダ油ですと長くて1年程度は賞味期限が設定されていますし、油漬けの缶詰は長期の保存が可能ですね。
「油は長持ちする」
これは正しくもあり、間違いでもあります。
要するに「油が品質を保つのは保管条件次第」ということなんですね。
そのことをきちんと理解するには、「油がどんな化学物質なのか」「油がどういう条件で不安定になるのか」といった知識が必要となります。
脂肪酸の構造
読者の皆さんが第一に思い浮かぶ油のイメージは脂肪ですね。お腹につけたくないギトギトのあれ。
この脂肪、いわゆる「中性脂肪」はトリアシルグリセロールという物質です。
「トリ」は3つ、「アシル」はアシル基、ここでは脂肪酸、3つの脂肪酸がグリセロールという物質とエステル結合してできた化合物という事になります。
中性脂肪はこのような形で天然にひろく分布しています。
身体の中でも糖から合成されますし、身体の輸送はリポタンパクという石けんのように水に馴染みやすい形になった中性脂肪が巡って血液にのって運ばれます。
さて、私達が摂取する油といえば、サラダ油や大豆油、オリーブオイルなどの植物性油脂と、お肉の脂肪や魚の脂肪といったところですね。これらは全部中性脂肪なのでしょうか。
いえいえ、実は必ずしもそうではなく、脂肪酸を主成分とする食物もかなり多いです。
確かにお肉の脂肪は中性脂肪のかたちをしていますが、食べて胃腸で消化する際にリパーゼという酵素でエステル結合を切って脂肪酸とそれ以外に分解して吸収します。身体のなかではおなかの贅肉以外にも、細胞壁を作ったりエネルギーにしたりするために組み直したりします。有用な形に変える過程は脂肪酸がスタート物質ですので、脂肪酸がカギとなるわけです。
中性脂肪とか脂肪酸とかややこしいですが、油の劣化を考えるときは「脂肪酸の種類」に注目してもらえれば充分かと思います。
さて脂肪酸、色んな種類があるんですが、基本パターンが決まっています。
- 分子の大きさ(≓分子鎖の長さ、炭素(C)の多さ)
- 二重結合の数
- 二重結合の位置
重要なのはこの3点。食べ物に含まれる油に関してはさしあたって3つのファクターで脂肪酸って決まってるんだな~と一旦理解しておいて貰えれば結構かと思います。
【ここから本題】油脂が劣化する原因
ここで重要なのは「二重結合は壊れやすい」という事実です。もう少し正確な表現をすると、空気中の酸素が主役になって二重結合が「酸化される」という表現をします。
悪さをするのは空気中の酸素が原因なんですね~。
※二重結合がないと絶対壊れないわけではなく一重結合のどの部分も酸化されます。ただ、比較的安定です。
二重結合がある脂肪酸の事を「不飽和脂肪酸」といいます。なんだか難しくなってきましたね!ネーミングはともかくとして、壊れやすい所がある物質だということです。
ちなみに、パーム油などの中鎖脂肪酸(比較的分子の短い脂肪酸)は飽和脂肪酸です。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸、どっちが多いの?というと、食物に関しては飽和脂肪酸のほうがずっと多いですよ。私達は多くの不飽和脂肪酸を摂取しているイメージですね。
いわゆる”劣化”というのが何なのかといいますと、脂肪酸の分子がボロボロになってゆくプロセスのことであり、その主犯格が「酸素」となります。「酸化」とわざわざ表現する所以です。
劣化を促進するのは、
- 光
- 熱
- 酸素
- 金属など(触媒)
この4つの要因となります。特に酸素下で他の要素があることで一気に進行してゆくイメージですね。
油脂の変敗プロセスは、不飽和脂肪酸が「光・熱・酸素・金属など」によって脱水素して脂肪酸ラジカルになり、酸素分子が結合してパーオキシラジカルになり、水素が結合してハイドロパーオキサイド、いわゆる過酸化物になり、それが重合や分解してアルデヒド・ケトン・低級脂肪酸などに変化してゆきます(いちおう書いておきました)
で、この最終形態である過酸化物やアルデヒドなどがめっちゃ身体に悪いんですね。発がん性もあります。
細かな事はおいておきまして、「光・熱・酸素・金属など」で毒性物質の生成が促進されますよと覚えておいてくださいね。
油脂の変敗を防ぐ工夫
有用性の高い油脂というのはそもそもが生物(特に人間ですね)に利用される事を前提としていますので化学的にはやや不安定なのですが、それを少しでも長く保たせたいとするならば幾つかの方法があります。
- 遮光する
- 温度管理を徹底する
- 脱酸素する
- 金属の触媒作用を封鎖する(つまり、被覆のない金属容器には入れない、ガラス瓶などを使う)
- 酸化防止剤、抗酸化剤(脂溶性)を使用
ご家庭の知恵でも、油脂は日の当たらないところに置いたりとか、火元の近くに置かないようにとか、あまり移し替えないでとか習いがありますが、あれは正解なんですね。開封してしまったら酸素が入ってきて酸化が始まりますし、油脂の品質を保つ方法、なんとなく分かって頂けたでしょうか。
いざ油脂加工製品を販売するときにはちょっと知っておいて欲しい事として、油脂の劣化試験があります。油脂の酸化過程がどれくらい進行しているのかを幾つかの指標と照らし合わせて判断するものです。自作向けというよりは加工事業における賞味期限の決定にでてくる話ですので、あくまでご参考ということで。
- 酸価(AV)・・・遊離脂肪酸の量。油脂酸化によって生成された遊離脂肪酸量を示す。
- ヨウ素価(IV)・・・不飽和脂肪酸の量。二重結合の数を示す。ヨウ素が高い⇔不飽和脂肪酸が多い。変質に伴い、減少する。
- 過酸化物価(POV)・・・過酸化物の量。油脂の自動酸化の初期で生成した過酸化物を測定。変質と共に増加し、ある時期から減少する。油脂の酸化により生成されたハイドロパーオキサイドの量を示す。
複数の価数を測定し、その割合によって酸化の進行度合いを測るという感じです。
自作の油(油製品)についての心得として
油脂というのは食中毒と異なり劣化によって有害物質が発生する過程です。
よって大概の油脂製品において油脂変敗の食中毒というのは想定しておかないといけません。
市販製品は酸化防止剤などで調整し、品質試験もしっかりと行うので賞味期限と保管条件をしっかりと守っていれば問題にはなりにくいですが、家内事業で油脂製品を作って売るということは、本記事の基礎知識を習熟したうえで、きちんとした検査プロセスと品質保持プロセスを踏まないといけません。
それは事業展開の過程で体系的に学んでいただく事をオススメします。
それはそうとして、家庭での管理についてですが、油脂を抽出したあとは「光・熱・酸素・金属など」の酸化条件を出来るだけ除外することで劣化を遅らせることが第一です。また、しっかりと精製すること、水分などの混入がないことも重要でしょう。
無難なのは「使用する直前に抽出する」ことだと思います。
植物というのは株から切り離されても、種子になっても生体を維持して抗酸化作用をある程度温存していますので、その力を利用する事が何よりだと思います。それでもあいにく、何年も品質保持できるというわけではありませんが、種子を適切に保管する、枝にくっつけておくなど、それ自身が酸化防止につながると考えられます。ご参考下さい。
油脂は人体にとって欠かせない
昨今ダイエットブームで油の摂取量が低下しており嘆かわしいのですが、油脂は人体にとって欠かせないので過度な摂取回避は考えものです。特に必須脂肪酸とはなぜ必須なのかというと、そのかたちの不飽和脂肪酸が体内で合成できないからなんですよ。リノール酸、αリノレン酸、アラキドン酸と呼ばれるものですね。
脂質は体内でエネルギー源はもとより、脂溶性ビタミンの吸収促進、身体保護作用(貯蔵脂肪)、生体膜の構築、細胞膜の物質通過への寄与、りぽタンパクの構成(中性脂肪の運搬)など多岐にわたっています。
適切な摂取量が健康維持につながりますし、特に植物性や魚類の不飽和脂肪酸は身体にいいので積極的に採って頂きたいですね。
最後までお読み頂き、誠に有難うございました。